新だんずり日記 2005年3月
3月27日 地震とコミスペと・・・・その3 
豊橋発・浜松行き各駅停車に乗車していた私の携帯電話に大量のメールが飛び込んで来た。実は私は携帯メールのアドレスに、ある細工をしているから、迷惑メールは絶対に入らないので、「こりゃ何事か?」と目を疑った。
メールを開けてみると、ただ事ではないタイトルがズラリと並ぶ!「無事ですか?」の類である。
私はここにこうして東海道本線の各駅停車で旅をして居るのに何が無事なのか?しかしながら開けてみれば何の事か一発で解った。最初に届いたメールが以下の内容だったからだ。
「福岡で地震がありました。ご家族に連絡を・・・」「震度6弱ですが、お怪我はありませんでしたか?」などなど、なるほど、福岡で地震があったのか。震度6弱という事であれば自宅も結構影響を受けている可能性がある。幸い母はベイサイドプレイスの広場で行われているフリマに出ているから何かが落ちて来て怪我をしている可能性は極めて低い。
問題は火災、倒壊である。地震と聞いて、この時阪神大震災の惨状を私は想像している。が、続報で火災は無いという事が確認され、この時点で浜松から急遽引き返すというプランは消滅した。
が、油断は出来ない。仮にもしもがあれば、東京から即刻引き返す事態もありうる。
相手にしてみれば取り越し苦労に終わったとは言え、こうして心配してくれる人が居るって事は大変ありがたい。
しかし・・・、地震の発生なんざ予想だにしていなかった福岡で起きた大地震を、地震発生が常に危惧される東海地方で回避するなんて皮肉な話であるな。

浜松に到着。目の前には12時33分発熱海行きが停車していたが、211系5000番台である為見送る。
別に211系が悪い電車という訳ではない。逆に良い電車であるのは知っている。加速性能・高速度での安定性・ブレーキ性能、現在の近郊型電車に大きな影響を与えている名車である事は確かなのだ。が、問題なのは5000番台である事が問題なのだ。そう、ロングシートである事が嫌なのだ。
この5000番台は、名古屋地区の中央本線口で通勤・通学ラッシュを捌くのが主な仕事だが、3連から編成を組めるという自由度から、編成を短くした上でより多くの乗客を乗せたい静岡地区の事情にガッチリはまり、それなりの数が用いられている。JR東海は313系という、地域・用途によって色んなバリエーションがあるという、実に高性能でフレキシブルな近郊型電車を投入しているが、この211系の車歴が若い為に、静岡にはしばらく投入されそうに無い。
ここから113系が居なくなる時にその時が来るかどうか・・・。
だから、今私に出来る事は、113系・115系クロスシート車を用いて運転される各駅停車を待つ事なのだ。

あ、これよくよく見たら211系0番台だった。5000番台って写真すら撮っていないのな!

浜松駅から福岡に電話をかける。が、繋がらない。まぁ当たり前の話である。が、電話し続ける事は大切。まぐれで繋がる可能性もある。そんな事を言っていたら電話がかかって来た!相手は自分の電話に一発で繋がった事を驚いていたが、ここは浜松。繋がって当たり前なのだ。
12時52分発の三島行きがホームに入って来た。大方の予想通り113系4連。という事でコレに決めた。これで沼津まで行って、そこから熱海行きに乗れば快適に距離が稼げる。
震災の知らせから時間が経って、若干の状況が掴めたので、再び旅を楽しむ事にした。それにしても、名古屋のみそかつの八丁みそは凄く味が濃い!が、エビフライやかつには凄く合う。駅弁だから少し冷えているが、これがアツアツだったらたまんないだろうね。冷たいビールも進み、地元のパニックもよそに、いい気な旅が続く。
分厚い雲が空を覆っているのに富士山が良く見えるという不思議な景色を見つつ、さくら海老の名所(堀江)由比海岸、と車窓が続き、15時1分に沼津着。ここで車内放送でこの列車が新宿行き特急「あさぎり」に接続している事を告げていた。「チャンスだ!」ここは「あさぎり」を待って撮影しよう。沼津なんて通過はしてもわざわざ降りる事なんて先ず無い。ここで371系「あさぎり」を撮影しておけば、わざわざ沼津に立ち寄るプランを今後立てなくて良いからだ。
という事で撮影した訳ですけど、この事によって私の中である快挙が達成された。
それは、塗色区分・番台区分を別にすれば、現役でJR線内を走る在来線特急型車両全形式を自分のデジタルカメラに収めたというものなのだ。デジタルカメラ化して最初に撮影したのはJR北海道の785系電車。ここから始まって2年もしないうちに達成してしまった。余談ではあるが、683系8000番台とHOT7000系切妻先頭車さえ撮影すればJR西日本絡みの特急型全車種・全塗色・全番台が手中に収まる事もこの時判明した。

沼津からは熱海まではローカル電車で短絡移動。距離も短いから211系5000番台にだって乗ってしまう。
ようやく東日本管轄へ到着。ここで本日の最終ランナーは東京行き「快速アクティ」、数を確実に減らしている113系による列車だが、ここは普通車では無くグリーン車に乗ってしまおう!ルール改定で自由席に限って青春18きっぷでもグリーン車に乗る事が出来る様になった。しかも、JR東日本の普通列車グリーン券が格安になり、更にホリデー料金はもっと安く、グリーン車に気軽に乗れるのだ!熱海から東京まで750円の追加投資で特急列車の普通車並みの座席に座れる。おまけにダブルデッカー車だと湘南海岸が抜群の眺めになる。これは買いでしょ!グリーン券!!
しかしながら、熱海駅、グリーン券売機がグリーン車停止位置からは程遠い場所にある。結構秘密主義である。
16時に熱海を出た「アクティ」車内、グリーン車は料金改定の追い風を受けて軒並み満席。早朝からの長距離移動でクタクタになった上で到着する熱海。ここで格安のグリーン車をちらつかされたら乗るでしょ?上手いなぁJR東日本!

ダブルデッカーグリーン車から眺める湘南海岸
湘南海岸ってば理多さんの新アルバムの某曲のイメージな!

湘南海岸を眺めつつここぞとばかりにあん巻を開ける。疲労感もあって倍付けで上手く感じるな。
茅ヶ崎あたりで眠くなってしまった。座席も快適だから眠ってしまおう。

7時35分。少し遅れて東京着。ここで先ずする事は、既に持っている航空券とは別に急遽福岡に帰る為のチケットを確保する事である。ここで人を待たせておいてナンですが、自宅と連絡が付かない以上は最悪の事を考えて行動・準備する。
まず、福岡空港の滑走路が使用出来ない事を考えて、新幹線を選ぶ。とりあえず翌日のコミケットスペシャルの第1部終了後、直ぐに乗れる新幹線をギリギリで確保。しかし事によっては6時発の「のぞみ1号」の自由席に飛び乗って帰福する事も辞さない。同時に自宅に連絡を飛ばし続けるが、ようやく18時20分、連絡がつながり、無事と自宅・家財の損傷も無い事が確認された。が、コミケットスペシャル全日程の参加は中止する事にした。オタを自称し誇っている自分としては、例え無事とはいえ事後の不安が残る自宅を放ったらかしてコミケなんざ、オタとしてはどうよ?地震で途中リタイアもまたコミケのうちであるからして・・・。
しかしながら、無事である以上急ぐ事も無い。ここは中を取って第2部の途中までは参加してしまおうと思う。
折角人と会っているのに申し訳ないけれど、ちょっと失礼して羽田空港へ向かい、福岡空港の状況を確認。滑走路が使用可能という事で、22日初便を払い戻し、21日最終便のチケットを購入する。1万円余計にかかってしまうがまっとうなオタを目指した結果だ、これでいいんだ。
しかしながら、先ほどゲットした新幹線の払い戻しを東京駅で頼んだら手数料不要で払い戻してくれた。JR東海に対して生まれてはじめて感動した記念すべき瞬間だ。
本来の予定なら人妻を連れて新宿あたりで食事を取っていたはずだが、結局浅草の立ち食い定食屋(安い意外に何の取柄も無い店)で簡単に済まし、カプセルホテルで隅田川を眺めつつ長風呂につかって疲れを取る。本当に長い一日だった。
3月24日 地震とコミスペと・・・その1
最初に申し上げます。
藤原の家に関しては地震ではほとんど被害を受けていません。築30年を誇る自宅もひびひとつ段差ひとつ無く、被害総額としては異例の3ケタ!たったの980円でした。その内訳は、パソコンのキーボードの4キーとSHIFTキーが、棚から落ちて来た青年コミックの山の直撃を喰らい、破損したもの。仮名入力である私にとって、SHIFキーの破損は致命的だ。(まぁローマ字もいけるんですがね)したがってそのキーボードの代金が980円だった訳です。
そのキーボードと一緒に買った「Noth Wind」のオフィシャルファンブックの方が価格は2倍!どうよ!しかも、それらって全部ヨドバシのポイントカードで相殺していて現金に傷を入れてないって話だぜ!(現在9200ポイント)
地震当日の3月20日は福岡におらず、急遽21日深夜に帰宅。その後に体験した余震はたったの2回。他の地域と比較して博多区某所は穏やかな方だろう。

で、地震から1日前の3月19日夕方から東京ビッグサイトにて開催される「24時間耐久コミケットスペシャル4」に参加すべく博多を出発した。先ずは福岡空港に隣接する24時間パーキングに自動車を置いて仕込みをする。これは21日のイベントの第2部までフル参加して、その後ホテルに早朝まで宿泊し、初便の航空機で福岡に降り立ったらそのまま会社に直行しようという、実に勤務地が福岡市東区である事をいい事に編み出されたプランなのである。
17時50分に駐車を済ませ、そのまま地下鉄で博多駅に。そして夕食を購入して下関に移動である。そう、今回は行路を青春18きっぷにしてコスト低減を図った。車検もあったし夏コミでは新刊も出すし3メディア対応DVDレコーダーなんぞを買った為、このイベントに関してはいろんなところでケチをしている。

20時39分。下関を「ムーンライト山陽」で出発する。が、自分の席は先頭車両の4号車。「ムーンライト九州」では先頭車両は静かなのだが、「山陽」の場合は編成が「九州」と逆の為、スハフ14が割り当てられてしまうのだ。すなわち、床下ディーゼル発電機が存在する車両な訳で、しかも14系寝台車と異なって14系座席車の場合は防音設備が薄く、ず〜っと「ズドドドド」という音が聞こえてしまうのだ。時刻表が手元にある人は列車編成表の北海道のコーナーをご覧頂きたい。「急行はまなす」の指定席。どこに連結されているだろうか。そう、座席車の一番前と後ろである。ここにはそれぞれスハフ14が連結されている。騒音がある車両は自由席、無い車両は指定席と見事に配慮され、区分されている。
とりあえず、「ムーンライト山陽」は全席指定席で逃げ場所が無い。しかし、この騒音と付き合う気にはなれないのでそれを回避しようと車内探索に出かけたら、一番手っ取り早い解決策がそこにはあった。実は連結されているはずも無い展望車が連結されていた。ここに留まれば大丈夫だ!
という浅はかな考えからこの旅はスタートする訳であるが、実はこれから波乱万丈の行程が待ち受けているなんて思いもよらなかった。  
3月16日 ロイヤルエンジニア?
私の勤務する会社では、毎週月曜日に昼礼と証する社内ニュースビデオを観る会議がある訳ですけど、そのビデオの危険予知・安全運転を学習するコーナーで流れるBGMが素晴らしい。もぉ「レイフォース」「サイヴァリア2」も真っ青なピアノの音色も素晴らしいテクノミュージックなのだ。ただし、3分間のコーナーだけにフルコーラスで流れたためしが無い!何かの拍子で全コーラスの聴取を期待したいが、そのうち本社にでも問い合わせてその正体を明かして差し上げようと思っている今日この頃です。
イヤ、音楽聴く為に観ている訳じゃないんですよ、やっぱ無事故無違反、と〜っても大切です。
先日大阪帰りの道すがら、乗っていたタクシーが事故った訳ですが、そのドライバーが個人タクシーを志していたなら大変です。10年間無事故無違反が個人タクシーの必須条件なのですから。そういう様を目にしているだけに、余計に意識も高まります。一応2003年5月1日に島根県邑智郡の県道で道を譲ってくれた車を追い抜こうとして検挙されて以来、実に約2年無違反、事故に至っては1995年5月以来一度もありません。指差呼称確認もバッチリです。

そんな私のちょっとした晴れ姿。
2004年11月14日。「故郷に錦を飾れフェスティバル・博多旅情編」の閉会、撤収後である。
チエロー・九十九コンビは自車で宿泊先のホテルへ・・・、そして長崎繁氏率いるNBS組はタクシーでそこに向かった。
タクシーからあぶれてしまったのは大変偶然にも、理多さんと児玉さとみさんのおふたりであった。
そこへ、ホテルへおふたりを送迎するという大役が転がり込んで来た。
私も宿泊先手配と、翌日の事も考えて同じホテルに宿泊する事になっていたのも起因していたのだが、実はこのイベントの2週間も前からこの事をなんとなく予測していて、思いっきり丁寧にワックスを手がけしていた甲斐があっというもの・・・。しかも、車内にはごみひとつ無い掃除っぷりだったのだ。あ、そういえばそれよりも2ヶ月も前に「理多さんたちを車に乗せることもあるかもな」と嘯いたりしていたが・・・まさか本当になろうとは。藤原ホントにこういう事に関しては引きが強いんです。

さて、機材とか配線をそのまんま乗せたので後部座席の半分くらいはそれらでゴチャゴチャしてしまったものの、後部座席には児玉さとみさん、そして助手席には理多さんがまぎれもなく乗っている。
新幹線がとても好きな彼女に勧められて2年前に仙台車両基地で購入した、東北新幹線E2系のグリーン車に使用されているモケットを張った後部座席に、新幹線好きの児玉さんが座っているのも大変な縁なのか。車体後部に張った「新快速」の方向幕もこの日は大変誇らしげに、藤原が運転する「スバルヴィヴィオKK−3」は雨が降り続く中、ゆっくりと会場前を抜け出した。
まずは、親不孝通り近辺の人通りの多い細道をクリアしなければならない、雨という事もあって速度は控え、何重にも指差呼称で安全を確認する。ここでは出来るだけ右折を避けたかったが、一度だけ右折した。
車内では「まんが水戸黄門」の主題歌やら「ゲームセンターあらし」の主題歌が流れている。BGMなんか選んでいる余裕は無かったものの、児玉さんが異常に食い付きが良かったのでよしとしよう。信号停止の間にすがやみつる氏の代表作の話になり、「こんにちはマイコン」でハモッたのは凄かった。

信号が青に変わり、「まんだらけ」「とらのあな」が隣接している来た天神の様の見たおふたりの歓喜の声を誘いつつ、アクセルを踏み込み、ここで一気に噴射量を上げる。「制限50」と歓呼し、北天神のアニメ通りを50キロで走り抜ける。対馬小路の橋を渡るまでは50キロを維持するが、このあたりは歩行者が突然横断したりもするので注意したい。
オールブルーのシグナルをクリアし、カーブに入る前に惰行に切り替えつつ、カーブの終わり際で再び力行に戻して安定して曲り終える。そして、石城町交差点の信号が停止を現示する。「次赤!停止!」を歓呼して余裕をもったブレーキ扱いでゆっくり停止する。

石城町交差点から余裕を持って右折し、国際センター前交差点から左折。折りしも大相撲九州場所開催中ともあって、沢山ののぼりがはためく国際センターをかすめて、いよいよ博多マリンホテルに停車準備である。
「博多マリンホテル停車!」「左後方巻き込みよし!」と歓呼して、まずは減速。マニュアル式のレバーを5速から4速に落としつつゆっくりとクラッチを繋いでエンジンブレーキと油圧ブレーキを併用して、そして車体を左に寄せる。そして徐行と言える速度まで落としたらホテル前に停車する為に歩道をまたぐ準備だ。雨が降っているだけにおふたりを濡らす訳にはいかないからである。
スロープ状にスムーズに進入できるように配慮された歩道の切れ目の前で一旦停止、後方と前方の歩行者を確認した後に再び徐行でホテルの入り口前を目指す。周囲には誰も居ないし、入り口に人影も無い。安全に行ける。入り口が3メートル・2メートルと接近、ブレーキは最初に浅く投入し、ゆっくり追加する。微調整時なのでクラッチは踏みっ放し、いわゆるニュートラル状態だ。速度がスムーズに落ちる。ここで仕上げは衝動防止の為の停止直前ブレーキ全解除!ゆっくりとブレーキペダルを放し、ストッというペダル音と共に解除。転動もほとんどせず、停車衝動ゼロでピタリとホテル入口前に停車!そのままサイドブレーキを当てて荷卸にかかる。
事前調査時と運転時間もわずかに15秒前後の差異で無事ロイヤル?エンジニアを終えた。
この時ほど、安全運転を常に意識していて良かったと思った事は無い。忙しさや速度の快適性にベールをかけられる事無く、止まる勇気、速度を落とす勇気を持って運転していた甲斐があった。

ホテルから打ち上げ場所に向かうタクシーから降りた後、児玉さんと理多さんが私の呼称確認・歓呼の様子に驚いた旨を九十九氏に語っていた。「教官みたい」であると・・・、九十九氏はこう答えていた。「アレ、藤原さんのデフォルトだから・・・、今日長崎から来る時も運転しているときやっていたし・・・JRの人みたいだよね」
そうである、仕事柄安全運転に対する意識は他所に比べて指導も多く、厳しい会社に居る。マイカー通勤時に添乗指導をするのも弊社ならでは。しかし、安全運転に対する意識を植え付けたのは鉄道の運転士というところも大きい。
安全に電車を走らせ、定刻通りに快適に止める。こんなにカッコイイものは無い。
ならば自分も自動車でコレに迫ってみようというのだ。差しあたっては免許の色を黄金色にしたい、伝説はそこから始めよう? 
3月9日 癒しを求めて
私の担当するビルから、とあるメーカーが転出してしまった。これで超★色っぽいめがねっ娘と律儀な超天然娘
という素晴らしい受付嬢に受領印を押していただくという癒しの時間が奪い去られてしまう事になった。
その代わりに最近は「はにはに」ラジオに癒しを求めている。
内容的には学生向けのアニラジと大差無いが・・・、野乃原結先生(cv:猪口有佳)のもったりぬるぬるとした新手の萌
え声を聴くだけで精神的に活性化するのだ。
更に、どこでどう繋がったのか、「はにらじ」のイラストが2年前の夏コミで「掘り出し物だ!」と大喜びしながら本を買わ
せて頂いた「くじらチャンネル」の脳みそホエホエ先生ではないか!まさに焼肉と冷えたビールを一緒に出されたよう
な、最大級の愛情を受けたようなメンタル的なもてなされっぷりである。
しかしまだ、私は「はにはに」本体をプレイしていない。しかも、藤原=はにはにという公式に関しては「手堅すぎる」と
いう周囲の評価がある。ちなみに、藤原=North Windについては「解りやすい」という評価だった。
自分としては何だって良いんだ!萌えやオタクに関して興ざめしかかっていた自分に新たなエネルギーを注入してくれ
さえすれば・・・。って事でみんなも一度聴いて下さい。参る人は参ってしまいます。「花とゆめ」ペースの更新で飽きない
しね。・・・あ、それにしても野乃原結先生の身長138センチというのは、どうにもこうにも犯罪の匂いがしないでもない
3月7日 行って来ました!!
てな訳で行って来ました、寝台特急「さくら」お別れ乗車。
廃止より2日前の2月26日、博多〜東京をA個室寝台「シングルデラックス」に乗車し、のんびりと客車列車の旅を楽しむ・・・ハズが、思わぬ同窓の出現で下関まではにぎやかな道中になるし、(しかしながら心強い見送りだった)この日だけ大阪駅を通らずに北方貨物線を走るために深夜に起床してデジカメでムービー回したりと、まったりしたかったのに半分取材モードになってしまった。取材したからにはしようがねー!本にしてしまえって事で、さくらとあさかぜに関しては本にさせて頂きます。
具体的に5月5日の佐世保合わせという所まで決まっています。
     
  洗面台兼テーブルは既に取材モード            この日は大阪ではなく尼崎に停車
まぁ、そうはいっても楽しい旅行でしたよ。たらふく握り寿司とビールを買い込んで室内で頂きながら、真っ暗な個室で星空に囲まれて夜の景色を眺める楽しさアリ、北方貨物線で民家の軒先を掠めながら寝台特急が走るという、しかもサンライズとすれ違うという素晴らしい演出までが実現したり、晴天の東海道をのんびり過ごしながら茶畑や平野の景色を楽しんだり、曇りまくっていた静岡なのに富士山の部分だけ晴れていたり、しかも沼津に近づくにつれて銀世界になってみたり、はたまた湘南海岸はサザンな輝きを放っていたり、更に個室寝台の洗面台の水は線路垂れ流しな為、素晴らしい走行音が聴けたり・・・、前回の日記で希望していた事が全て叶うという素晴らしい旅行でしたよ。
 
  ここ数年嫌われまくっていた富士山がクッキリと・・・
しかも、その日の下り列車には「ひび鉄」御一行様が乗車するとの事で、メンバーの皆さんを見送って参りました。そう、同窓の旅立ちまでをも見送れたのだ。
いやね、34年生きていますけど、ここまでふんだんに与えられた旅行は初めてでしたよ。
(おまけに昼は東日本の新幹線を4時間で全車種撮影出来たり・・・)
まさに文句ナシ!いつかまた、「富士・はやぶさ」のシングルデラックスに乗って楽しい旅をしたいですね。
 
東京では発着時刻は祭り!しかし、この期に及んでマトモな写真はもはや取れないだろう   
  
  ひび鉄御一行様のブロックに貼ってある「さくら」の労をねぎらうプラカードも期せずして撮影会が・・・
  駅員さん列整理しながらスゲー嬉しそうだった!

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