「あさかぜ」と比較して、この列車への思いは薄いと思われたものの、気が付いてみりゃあそうではなくて、同じくらい思い出があったりする。この列車のお世話になり出したのは「博多・あさかぜ」「みずほ」が廃止された後で、同時期には「はやぶさ」も単独運転をしていただろうに何故かこの列車に乗り始める事になる。
大抵、コミケやスーパーシティおよび東京の同人誌即売会に対しては、行きが「さくら」帰りが「下関あさかぜ」または「のぞみ」というスタイルに推移していた。

この「さくら」、実は幼少の頃はあまり好きな列車ではなかった。寝台特急を代表するネームバリューを持っているのにである。何の事ぁ無い、14系寝台車を受け付けなかったからという理由。そう、ただそれだっけだった。特に切妻部分の中途半端な曲線とも白帯というのに馴染めなかったのだ。が、ヒルネで乗ってみたら列車としては悪くなくて、嫌いという事は無くなったものの、やはり気にはならなかった存在だった。当時は牽引機にヘッドマークが付いていなかったのも関係しているのかもしれない。
しかし少し気になり出した時期があった。1983年あたりから14系寝台車のリニューアル工事が開始された関係で、「さくら」や「みずほ」から2両ずつ寝台車が抜かれた時期があって、代わりに14系座席車が連結されていたのだ。
あの寝台車と座席車の屋根部分の凸凹具合が妙に私の心を捕らえて話さなかったし、最後尾のスハフ14の愛称表記までが省略されるという潔さにやや感動気味である。
ただ、やっぱし乗りたいという気持ちにはまだまだ程遠かった。

1994年に「博多あさかぜ」と「みずほ」が廃止になったのを機に、何故か冬コミ参加に当たって乗車する事になってしまった。参加前々日の夜から出発し、前日の昼間に東京入りするというパターンだが、実際乗ってみてなんだか気に入った。というのも、瀬戸内海や山陽地区をほど良い夜の時刻に走り、翌朝おきれば名古屋あたり。そこからお昼前までのんびりと客車特急の旅が楽しめるというのが一発でガンと来たのだ。
そう、客車昼行特急「つばめ」「はと」の雰囲気を疑似体験出来る。新幹線だと2時間そこらで着いてしまう名古屋〜東京を4時間30分近くかけて走る(まぁそれなりに良いスピードだと思うが)、翌朝以降ののんびり感が贅沢に素敵。
実は東海道本線、天気が良ければそれなりに車窓は魅力的で、目玉の湘南海岸だって富士山だって、晴れていればより映えて見える。こういう車窓を各駅停車のストレスも無く、目を回すほどの速度な新幹線でもない適度な速度で楽しめる。これです。
それ以後、コミケ前後に時間の余裕があった頃は、上京に関しては必ず「さくら」を使用する惚れ込みようだった。
1998年の12月(コミケとは別用)を最後に単独の「さくら」からは遠ざかり、1999年に併結運転開始後は乗車する暇も無くなってしまった。やっと暇を見つけたと思ったら満席だったりして「富士」に乗る事になったりしてますます縁遠くなり、その後もなかなか機会に恵まれないまま居たものの、機会だけは狙っていて資金だけはちゃっかり確保していた。皮肉にもその資金を使う機会が訪れたのが今回の廃止前のお別れ乗車である。
今回の「さくら」は1ヵ月前に密かに締めようという目論見だったものの、シングルデラックスが連結されるという事で最後をこの時期に移して「シングルデラックス」で締める事にしたのだ。
願わくば、室内の照明を全て消してプラネタリウムには程遠いけども、クッキリとした星空に包まれて眠り、翌朝は優しい朝の日差しを浴びながらのんびりと旅を楽しみたい。まぁそうは言っても尾道くらいまでは起きていて、そして翌朝はこの日だけ違うルートを走るから尼崎で起きちゃうんだろう。タフな旅になるんだな。
思えば、昼間に東海道をのんびり走るという、今の時代の鉄道事情にとって致命的な部分を好きになってしまったというなんとも言い難い話だな。ついに九州を起終点とする列車でのんびりとした旅情を味わえるのは「富士/はやぶさ」だけになってしまうんだな。
・・・・しかし、寝台列車が無くなってしまうにあたって大枚はたいてわざわざ乗りに行って、しかも2倍増しのA個室を使用する上に、その日のうちに帰って来てしまう事について、「おかしな金の使い方だ!」とおっしゃる貴兄もいらっしゃるとは思いますが・・・・、ホントにおかしな金の使い方って言うのは・・・
こういうのを言うんだ! |