新だんずり日記 2005年4月
4月27日 一夜明けたこの日
自分は先日の地震で、家族の安否に関してやきもきした経験があるので、尼崎脱線事故のご家族が病院を回って身内の安否を確認するという、心身ともに極限まで痛めつけられる苦しみはホンの少しだが覚えがある。
しかし、被害者のご家族が、病院ではなく「尼崎市立体育館に来て下さい!」という連絡を受けた場合、それだけで前記の疲労をはるかにしのぐ衝撃が襲う。
ご家族は勿論だが、事故に遭った当人たちはもっと大変である。気が付けば回りは真っ暗で血だらけの人間がゴロゴロしている。マスコミは地獄絵図と表現していたが、そんなに四字熟語で済まされるほど簡単なものではないはずだ。
尼崎の事故の悲惨な状況は報道されての通りである。JR西日本は全社をあげて被害者やそのご家族に対して誠意を持って償いを行う事だ。そしてその経営責任と管理責任を問われる、そして再発防止に勤めるべきだ。
私はJRの中でも西日本を特に追いかけているファンであるが、かばったりはしない。
しかし、この事故、謎が多い。
マスコミで色々な理屈で原因について考察、推論され、それが電波に乗って手元に届く。中には何か勘違いしているような自称交通評論家がいたりしてますます混乱させられる。
私は鉄道ファンではあるが、専門家ではない。だから原因についてあれこれ勝手に推論してネットに載せることは控える事とする。詳しくは解らないが、知りたい事は多い。こう応えているのだ。

知りたい事・・・・
自分が遅れを出したとはいえ次の列車は大阪止で、新幹線とは接続しないから、それほどあせる必要は無かったのではないか?

JR西日本は停止位置誤りでは事故扱いにならないはずだが、運転士になぜ、そしてどれだけ、その後脱線事故を起こすような精神的圧力がかかったのか?(JR西日本労組のHPに鍵になりそうな事は書いてあった気がするが・・・)
同時に運転士の置かれていた立場、境遇。

非常ブレーキは使用されたのか?

出ていた速度と脱線に至る物理的要因。
なんて事を書いていたら、運転士が3度も処分されていたり、車掌時代に居眠りしていたり、伊丹駅での40メートルオーバーランを8メートルに改ざん報告していたということが明らかに。8メートルじゃ可愛い停止位置誤りだが、40メートルっていうと停車駅通過の事故と言われても仕方が無いわな。なんか起こるべくして起きたともいえるし、同時に凄く嫌な推論が頭をよぎっているんですよ。
4月20日 地震再び・・・
午前6時11分。私は夢のただ中に居た。しかし、ぐらりと言う違和感ですぐに目が覚める。「また余震か。」と軽くあしらおうと思ったら、それは背中を蹴飛ばされるような激しい揺れだったのだ。気象庁の発表では震度5強という判定だが、実際は6に限りなく近いそれだと思う。まさに出来すぎた偶然!前回の地震から丁度1ヶ月。今度は博多区が被害を被った。幸いにも地震対策のお陰で大きな物損は無かったが、家具を固定していたワイヤーが今回は耐え切れなかったようで、切断されてしまっていた。
それにしても、CDは立てて置くに限る。今回もCD自体の被害はゼロである。ただし、HDDに吸い上げる前のビデオテープが数個破損してしまった。まぁテープ部分だけ別のカートリッジに入れれば何とかなるか。

地震発生から30分後、再び大きな揺れがドンと来た。
それにしても、いつも口うるせえ隣に住んでるばあさんが起きて来ない!家財の下敷きにでもなったか。7時30分を過ぎても起きて来ないので、玄関のブザーを鳴らしまくってみた。ばあさん、熟睡していただと。アンタ殺しても死なないよ。長生きしろよ!ババア!(毒蝮三太夫口調で)

しかしながら、いつもより2時間早くたたき起こされただけで、あとはいつもと全く変われない1日であるが、流石に震度6だと部屋が大いに散らかってしまった。これを片付けるのにはひと苦労しそう。そんな訳で「月」とか「虫」のCDアルバムレビューは少し先になるかな。他にも優先順位を前に持って来ないといけない事沢山抱えているのでございますし・・・。

ところで、福岡市の負傷者41人の中に私は数えられていない。まだ病院に行っていないからだ。揺れが収まったと思って油断すると痛い目に合う。シップで治るか針なのか。はたまた鞭打ち治療か。
後日談:診断結果 右肩間接周囲炎全治3週間

前回はともかく、阪神淡路大震災にしろ奥尻島の大地震にしろ、大きな被害が伴う地震は盗人の様にやって来る。
しばらくは油断出来ないな。

余談ではあるが、恐ろしい偶然話がある。
1995年1月17日午前2時15分。福岡のRKB毎日放送では、小松左京原作「日本沈没」の再放送がテレビで行われていた。この日は淡路島が沈没する話が放送されていたのだが、よもや放送終了3時間後にあんな事が起きよう
とは・・・である。
4月18日 地震とコミスペと・・・最終回
13:00で強制店じまい。2部との交代の後、コスプレ撮影をやった後、折角だから企画ブースで遊んでいく事にした。即売会もこのイベントの主旨ならば、企画ブースもまたこのイベントの主旨である。2部に関しては17時までに入場できた場合のみ参加という事にした。2部の列に並んでそのままリタイアというのもまた美しい敗退だからだ。
普段は企業ブースとして大勢の人で賑わっているこのスペースだけど、この日ばかりは各団体独自の趣向を凝らした企画が並ぶ。円周率を1万ケタまで歌い上げる団体。フォークギターを取り囲んでアニメソングを喉が耐えうるまで歌い続ける団体。コミケなのにねるとん?そして鉄道サークルはNゲージを広いスペースをいい事にでっかくレイアウトしている。更に「日本ブレイク工業」でお馴染みの萬’Zライブまでが執り行なわれていた。一大センセーションを巻き起こした「ブレイク工業」だが、それが収まった後もファンは健在という感じである。新曲である愛知県某所のスパイシーレストランのイメージソングは、それこそスパイシーな曲。1日一度しか歌えないであろう強烈な曲だ!ただ、もう1曲の新曲である「うさライダー」に関してはボキャブラリー的にも曲的にも少しパンチが足りない気がする。広告代理店の主題歌だけにインパクトが欲しいところか。


さて、鉄道マニアな私だから、当然Nゲージは気になる。この日は「ひび鉄」さんも企画参加されていた。スーパーレールカーゴやムーンライト山陽、そして先日天命を全うした?寝台特急「さくら」も走っている。しかもステンレスボディの
EF81−300番台がカマを務めていた。しかし、このサークルは場所がでっかくなっても相変わらずのひび鉄ペース。
金がかかる鉄道マニアとオタを兼務しつつ、それをきちんと世に知らしめる事が出来る集団ってのはナカナカ無い。
一見単なるオタの集まりにしか見えないが、ここまでスタンスが一致しているのは地味ながらしっかりしたビジョンがあるからに違いない。虹野氏と岡鉄氏の取り計らいでこのスペースでは随分楽しませていただいた。
また、Nゲージというと、「電車でD」で強烈なインパクトを放ち、この作品の代名詞的なヒトコマとなった「複線ドリフト」の実演が行われていた。

そういえば、この日、企画ブースの一環として時刊新聞が発行されていた。これは一定時間を置いて発行される新聞なのだが、私はこの日、地震の影響で寝台特急「富士・はやぶさ」が東京では無く、沼津特発に変更になっていた為、その旨を注意する原稿を寄稿していた。見事に掲載されていた。役に立っていたかどうかは不明。

コミケット独自のブースに目を移してみよう。イタリアはビエンナーレにコミケットが出展した時のブースがそのままビッグサイトにやって来た。ミリ単位で管理されている芸術的な机配置とバランスを考えたサークル配置が施されたコミケットの展示ホールがミニチュアになって展示されているのだ。しかもサークルカットが机に貼ってあるという懲りようであった。確かにコミケット会場のレイアウトは30年の経験が作り上げた一種の建築芸術ではある。
そんなレイアウトを眺めていたら、見慣れた文字、サークル名が私の目に飛び込んで来たのだ。ある意味泣きたいくらいに感激した瞬間、そう、当サークルのカットが採用されていたのだ。この頃の作品というと、ShiN落合氏と共に苦闘を繰り広げながら作った「抱腹Z2003 マソア様がみてる」を始めて発売した時期である。その頃のカットが数あるゲームサークルの中から選に入り、海を渡り、そして今ここにある。お帰りなさいと言ってあげたかった。
ちなみに「ひび鉄」のカットも鉄道代表で採用されていて、世に言うところの「ダブル受賞」ってヤツぅ?
その他にもここにはコミケットの歴史的資料が山とあった。ポスターカタログ、注意書きやうちわ、紙袋。思えば始めて一般参加したのが14年前、その頃のアイテムすらなつかしのものになっていて感慨深かった。しかし、コミケットブースは以外にもこじんまりとしている。主催なんだからもっとデカデカと使っても良いようなものの、やはり参加者本位なのか少し遠慮していたようだった。
話は前後して、実は自分の携帯電話にShiN落合氏から電話があった。食事へのお誘いである。2部を途中で抜け出す事になるものの、そういう機会にもナカナカ恵まれないからここはお誘いに乗る事にした。

全国にあるサークルの中から選ばれて世界に連れて行っていただきました

16時には滞り無く第2部の入場が開始された。お世話になった「ひび鉄」の面子に別れを告げ、第2部一般参加者の最後尾に並ぶも、その列の進行は早く、なんと16時15分には会場内に入る事が出来た。落合氏との待ち合わせが17時30分なので、40分程度なら買い物が出来る。途中帰国するのでF田氏との約束は果たせないが、それでも最低限度なら買い物が出来るのだ。徹底的に的を絞って買い物に出動。第2部は初めからシャッター全開なので、自由に歩きまわれる。ハデにいこうぜ!
第1部で見せたミズスマシ戦法はここでも冴えを見せた。さすがにあんなところやこんなところは列が凄い気味なんで諦めましたけど、大手を中心に列が短い場所や短くなりそうな場所は素早く買って来た。その後、即売会主催連中に挨拶を済ませ、水上バス乗り場へと急ぐ。このままだと間に合うなと思ったら、この日は水上バスに関しては通常ダイヤでの運航。そう、コミケットといえば大増発されるはずの水上バス。なぜか、そして見事に30分間隔のダイヤで、落合氏との約束にも遅刻してしまった。

地震の関係でフル参加出来なかったコミケットスペシャル。水上バスからビッグサイトを眺めながら夏での雪辱を誓う。そしてその時なぜかこの歌が口から出て来た。

海へ行こうぜ!果てしない海へ!(あの歌はサビでどもるのが凄いよな)
浜松町で落合氏と会食。1時間だけだったけど、楽しいゲーム音楽談義も出来たし、夏ではお互いが新刊を発行するのでエールを交わした。なんてか、「あいつやるなぁ」って思える人が同じジャンルに居るって有り難い事だよね!

そういう訳で22時過ぎ、福岡空港に降り立った。帰宅して自分の部屋を見れば某コミックの山の直撃を食らってPCのキーボードが少しは損しているだけであまりいつもの風景と変わり無く、安心した。しかも我が家では釘とワイヤーで予め地震対策を施していたので、家具はおろか、食器すら落ちていない。それに加えて博多区の場合は比較的被害が小さい場所だったので、全てが取り越し苦労であり、「こんな事ならフル参加して来ればよかった・・・」という後悔に繋がって来るのだが(毛頭そんな気持ち無かったが)、自分の行動が正解であった事は翌朝見事に証明された!
地震の影響も多少あるだろうが3連休明けのこの日、国道3号線と空港通りは未曾有の大渋滞!空港通りから国道3号線に出るだけでも20分はかかっていただろう。飛行機が定時に降りても間違い無く仕事には間に合っていない!この時こそ自分の中でのコミケットスペシャルが成功完結した瞬間だったのだ。 
4月14日 地震とコミスペと・・・その5
番長欠席!公録の言いだしっぺでる本人自らが欠席するという前代未聞・・・でもないか、こと番長に関しては珍しく
もなんとも無く、なおかつ腹立たしい自体が生じてしまった。
まぁいい、夏コミ3日目強制労働決定なのでそれは良いとして、隣のサークルさんに店番をお願いして1時間だけ同人
誌を買いに走った。ところが、西2ホールへと駒が進められない。なんと一般入場終了後でしか西1ホールの扉が開放
されない、つまり一般入場の方が早く西2ホールの同人誌にありつけるという訳である。しかし15分後には鉄の扉は
開かれ、早くも入場フリーとなった。甲冑娘など、大手を中心にミズスマシの様に買いに走る。朝の爽やかな空気も買
い物を後押しし、買い物は終了。ところがこれが当たり当たり!ハズレを買わずにクリアーである。

その後は販売モードであるが・・・西2ホールの大賑わいとは裏腹に西1ホールは静まりかえっている。
困った・・・静か過ぎては・・・・浮くじゃないか。ウチ・・・。しかしながら、近隣サークルとはある事情で意気投合して少し
にぎやかになった。名付けて三十路連合うわースゲーむなしい!

静かながらお客さんはそれなりにコンスタントに来て下さっている。こんな朝早くから来て下さるのはありがたい事であ
る。しかし、なんかねぇ、サークル配置・配分にもう一工夫欲しかったんですよ。ジャンル204あたりを1部に持って来
て、その上で西1ホールに配置すれば盛り上がり方がもっと違ったものになっていたと思う。企画ブースとのバランスも
あるけれど、1部に関しては西1ホールの企画ブースすら空振りという気がしてならない。まずはサークルありきで考え
るとやっぱしサークルを幹として考えて欲しいんですよね。

12時をだいぶ回った時刻・・・。ようやく番組の公開録音の開始である。思えば15年間カセット・CD・Webラジオ
で活動していますけど、ピンで喋ったのは初めてなんですよね。日本酒をグッと入れてアタマの欠陥をほど良く浮
き上がらせてひとりで喋る喋る。実はこんな事態を全く予想だにしていなかったのでひとりで喋る段取りなんか全くして
いないのだ。したがって半ばやけくそ悪あがきといったノリで捲くし立てまくったのだ。
幸い勢いあまってアッという間の30分。なんとか乗り切った。それにしても第1回からこういう波乱の幕開けというのは
本気で先行きを危惧している次第。
サトラレ日記のにっちさんをはじめ、見学の皆さんありがとうございます。
しかし、近隣さんが後でけっこうリアクションして下さったので嬉しかった。ウチのノリは口に合う人にはとことん楽しめ
るけど合わない人にはまずい料理だからですね。

企画ブースの話も少々・・・。
西1ホールには駄菓子屋や蒼版印刷等が在り、2ホールにはなんとオタデコレーションカーが展示されていた。特にデ
コレーションカーに関してはさながらモーターショーを彷彿とさせて楽しかった。企画に関しては福岡からの参加という
事で自サークルスペースの公開録音に終始しているが、もっと時間とお金がかけられた上で、東京をホームグラウンド
として活動していたならばやりたいことなんぞいくらでもあったんですけどね。東京在住という部分はお金でクリアすると
しても、こんな機会があるのならじっくりと企画を考えたかったなぁ・・・。まぁ今回、同人誌即売会+αという今回のイベ
ント主旨には少なからず追従出来た訳であるから多少なりとも達成感があるのだけど・・・。

13時。なんとあわただしくも、第1部が終了した。あわただしいというよりはあっけない感じである。大体午後の1時に
終了する同人誌即売会なんて聞いた事が無い。実に不思議な感覚を残しつつ、会場を後に・・・していない。ここから
西ホールの上へ上がり、企画ブースを存分に楽しみたい。と、外を見ればコスプレ撮影もやっている。撮影登録をして
外へGO!だ。今回は腕に腕章らしき・・・形でいうとトラック会社が観音扉に装着する封印のような印を腕に付ける撮
影登録証である。コミケットに向けての実験と言って良い。これが能率的であり、成果を収めたら近いうちにコミケット
で実践投入されるだろうし、撮影に対して登録料が課せられる事になると思う。
しかしながら、この日は大変撮影しやすかった。第2部の列を横目で見つつまったりと太陽の日を存分に浴びてカメラ
を向ける。
4月9日 地震とコミスペと・・・その4
午前5時。一旦目が覚めるも、昨日の疲労は予想以上に深いものだったようで、事もあろうか二度寝をしてしまった。
が、しかし根性で目を覚まして5時40分。ホテルを早々に後にした。前日の話になるが、日曜日の22時台にニュースをやらないのは問題だと感じた。アレだけの震災が起きていながら、その情報をニュース番組で入手(寒っ)出来ないのだ。そもそも日曜日の深夜までバラエティ番組引っ張るのってどうよ?月曜病になって下さいって事ですかね?
という事で昨夜はニュースを観ずに早朝のニュースで震災の規模を把握したのでありました。
地下鉄〜山手線〜京葉線〜りんかい線というよくよく考えたら3度も乗り換えている行程を経てビックサイトへ・・・。
途中、白の洋服が似合う大人しいめがねっ娘が隣に座って来た事もあって機嫌が良い。
さて、改札口を出てみると、いつもの喧騒は無かった。大人しめの行列が少し伸びているだけで、どこにでもあるような朝の風景だけがそこにはあった。
チェックワッペンを掲出し、ゲームとを通過。そして西ホールへと進む。大体私のジャンルは西ホールなんでいつもの光景だが、そうでない人も居るだろう。そういう人は朝っぱらからの西ホールに戸惑いを感ずるはずである。
西1ホールは静寂に包まれていた。企画ブースは準備に活気が上がっていたものの、その他の一般サークルブースなどは早朝の湖のほとりのように静かな世界である。地方の即売会でもこんな静寂にはナカナカお目にはかかれない。不気味社の企画ブースでスタンバイ中のコミトレ局長に挨拶の後、俄然ヤル気モードな中でサークル準備であるが、近隣一向に盛り上がらず。ここだけ浮いているような気がする。もともとジャンル308っていうのは結構自己主張が激しいジャンルだったのに、ひと頃を過ぎてからは朴訥とした雰囲気になってしまった。
それでも折角のお祭り。何とかそれらしい雰囲気を作ってスタッフたちの目論見に対して寄与したい。早速ビールを取り出して乾杯の準備である。近隣サークルさんとも何とか打ち解け、サークル準備も整えてその時を待つのだ。

これがコミケ当日のビッグサイトの姿か?

そこに現れたのはコミケット30年史を手押しワゴンで運びつつ、各サークルに配って回るメイドさんコスの群れがっ!くそう!準備会ブースでさっさと貰うんじゃなかった!ここに配りに来るまで待って居ればよかったのだ!「おはようございます」とか言われて、細腕にそぐわないくそ分厚い本を手渡しされていたんだぜ!

そういう時間が過ぎていた中、いつもの4点チャイムも無しに米やんの奥さんの声が聞こえて来たが、いつもと様子が全く違う!
♪はっぴばーすでいでぃあ米やん はっぴばーすでいとぅーゆー♪これより第4回コミケットスペシャルを開催します!!
確かにこの日はコミケット代表の米沢氏の誕生日ではあるが、流石にこの開会宣言はあっけにとられてしまった。と、同時に私の中である理解が生まれた。「そうか!今日はこの開会放送くらい、いろんな事が緩和されているんのか!」となればこの波に乗りたいところではあるが、西1ホールはそういう雰囲気ではない。全く地方の即売会というか、ぶっちゃけマリンメッセ末期の某コミック何がしという団体のイベントみたいだ。

と、同時に私の携帯電話にある人物からの電話である。液晶には「番長」と表記されていた。通話開始。
番長:すみません今日行けません。
ふざけるなぁ!!(本宮ひろ志の劇画調で・・・)

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